日本半導体ベンチャー協会誌
          
JASVAマガジン(2004年)
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巻 頭 言
内藤 理  独立行政法人産業技術総合研究所            ベンチャー開発戦略研究センター:次長
ベンチャービジネス支援策雑感



内藤 理氏
独立行政法人産業技術総合研究所
ベンチャー開発戦略研究センター:次長


プロフィール
東京都出身
1981年3月 東京大学大学院
情報工学科修士課程修了
1981年4月 通商産業省に入省
我が国初のベンチャービジネス振興法である技術法とその後継法である創造法の策定等、主に中小企業振興政策に従事
2003年6月 産業技術総合研究所に出向(現職)
特定非営利活動法人ロボカップ日本委員会の運営委員として活動中

 当センターは、一般のベンチャービジネス支援機関とは異なり、産総研をはじめとした大学・公的研究機関の先端的な技術シーズから成長性の高いベンチャービジネスを創り出す戦略を研究しているユニークな組織です。

  私たちは、このような先端技術に梃子に急成長を目指す新規創業の企業群をベンチャービジネスの中でも「ハイテク・スタートアップス」と呼んでいます。そして、シリコンバレーをはじめ欧米では、大学や公的研究機関からハイテク・スタートアップスが数多く生まれ、大きく成長している例も多いにもかかわらず、現在の日本では、成功例が極めて少ないことは、ご承知のとおりです。
  しかしながら、歴史を紐解くと日本でも、東京帝国大学から味の素株式会社が1909年に、財団法人理化学研究所から株式会社リコーが1936年に生まれるなど、大学や公的研究機関をルーツにしたハイテク・スタートアップスの成功例が多数存在しています。産総研の関係でも、半導体試験装置で有名な株式会社アドバンテストが1954年に、チップマウンターで有名な富士機械製造株式会社が1959年に創業し、それぞれ1983年と1964年に上場しています。
  このような素晴らしい成功例があるにもかかわらず、1960年代以降、大学や公的研究機関戦からのハイテク・スタートアップスの誕生の流れは、ピタリと止まってしまいました。当センターでは、産総研をハイテク・スタートアップス創出のプラットフォームに変革することでこの流れを再び太くし、付加価値の高い新規産業の育成、質の高い雇用の場の創出及び科学技術の更なる発展を通じて、日本経済の活性化に寄与したいと思っています。

 さて、1985年の技術法(日本初のベンチャービジネス振興法です)と1995年の創造法の策定作業に携わるなど、ベンチャービジネス支援政策に長く関与してきた経験からすると、官民の各種組織による支援策の最近の充実振りについては、本当によくぞここまで来たなという思いです。ようやく日本でもベンチャービジネスを育てる環境が整ってきたというのがJASVA会員の皆様方の感覚ではないでしょうか。

  しかし、最近、気になることがあります。ベンチャービジネスは、資金、人材等の経営資源が乏しく、社会からも疎外された可哀想な存在だから、手厚く保護・育成する必要があるという声をしばしば聞くことです。これでは、弱者救済中心の昔の中小企業対策と変わらないものになってしまいます。やはり、ベンチャービジネス支援策の中心は、各企業が有するコアコンピタンスの強化策と市場アクセスの拡大策であるべきです。そして、忘れてはならないのが、七転び八起きを許容する経済社会の仕組み作りです。その結果、従来、予想できなかったような新製品や新サービスを事業化するベンチャービジネスが数多く生まれ、市場という「ダーウィンの海」の中で評価を受けて淘汰されながら、次世代のリーディングインダストリーに進化していくことが理想ではないでしょうか。是非、JASVAの活動を通じて、多様な起業家が輩出し、その中から次世代の旗手が世界市場に羽ばたかれていくことを期待しています。

 また、ベンチャービジネスというと、とかく独立独歩路線を目指すケースが見受けられますが、経営資源の不足を補いながら高成長を実現するためには、垂直方向及び水平方向のアライアンスを組み、他社との共生を図ることが重要です。そのため、半導体ビジネスに関わる広範な会員で構成されるJASVAがそのコミュニティ機能を発揮し、様々なアライアンスを構築する場を提供することは、極めて意義深いものです。JASVAの活動が一層発展することを祈念する次第です。

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 日本半導体ベンチャー協会誌     JASVAマガジン
Vol.13
 Winter.2004

JASVAマガジンVol.13 表紙
2004.Winter
CONTENTS  第13号 Winter 2004

巻頭言「ベンチャービジネス支援策雑感」  詳細
    内藤 理  (独立行政法人産業技術総合研究所
                    ベンチャー開発戦略研究センター次長)

特別レポートT「2004年の半導体市況を探る」
         JASVA事務局
特別レポートU「セミコンジャパン2003」にJASVAブース初参加
         JASVA事務局

VCからの手紙6
半導体ファブレスベンチャー成長の軌跡(上)

  −実録:VCからみたザインエレクトロニクスー
     (株)ジャフコ 資金二部ゼネラルマネージャー 大場 淑郎

ファブレスベンチャーはこの技術で勝負する
  第5回 「トレックスセミコンダクター株式会社」
             トレックスデバイス(株) 設計開発室長 前川 貴
ファブレスベンチャーはこの技術で勝負する
  第6回 「株式会社リアルビジョン」
             (株)リアルビジョン マーケティング部 山川 仁
New Member's Greeting                
  (株)リコー・電子デバイスカンパニー(有)御神楽製作所
  Grace Semiconductor Manufacturing Corporation
Information

 日本半導体ベンチャー協会誌     JASVAマガジン
Vol.14
 Sping.2004

JASVAマガジンVol.14 表紙
2004.Spring
CONTENTS  第14号 Sping 2004

巻頭言「環境にProactiveに対応するベンチャー精神」
                             
詳細
    谷 奈穂子 (株式会社セミコンダクタポータル 代表取締役専務)
特別レポートT「FPD産業の市場動向と今後の展望」
  ー大型FPD、プロジェクションTV市場を中心にー JASVA事務局
特別レポートU
  「福岡システムLSI総合開発センターと福岡県における
                      ベンチャー企業支援について」

    (財)福岡県産業・科学技術振興財団 
                システムLSIクラスターグループ    伊東 望


ファブレスベンチャーはこの技術で勝負する
  第7回 「株式会社 シンセシス」
             (株)シンセシス 代表取締役社長  植垣 俊幸
ファブレスベンチャーはこの技術で勝負する
  第8回 「ロジック・リサーチ」
             (株)ロジック・リサーチ 代表取締役 土屋 忠明
VCからの手紙6
半導体ファブレスベンチャー成長の軌跡(下)

  −実録:VCからみたザインエレクトロニクスー
     (株)ジャフコ 資金二部ゼネラルマネージャー 大場 淑郎
JASVAイベントスケジュール
New Member's Greeting
  (株)システム・ファブリケーション・テクノロジー
  大王電機(株)アポロ電子(株)
Information
巻 頭 言
谷 奈穂子  株式会社セミコンダクタポータル       代表取締役専務   
環境にProactiveに対応するベンチャー精神



谷 奈穂子氏
株式会社セミコンダクタポータル
代表取締役専務


プロフィール
国際基督教大学(ICU)卒業
サントリー入社、同社の輸入酒マーケティング担当
(株)マーコム・インターナショナルにて、米国通商政策局担当の展示会・会議運営に携わり、半導体製造装置・材料の国際組織SEMIの広報活動に従事。半導体・FPD専門誌、SEMICON NEWS編集長を務める
1985年 SEMIジャパン設立と同時に入社。展示会国際会議の企画運営、広報、マーケティング業務統括、SEMIスタンダード活動を統括
2001年4月 半導体業界の情報ハブとコラボレーションを推進する(株)セミコンダクタポータルに入社、現在に至る

 君は人生の中で、何度、賭けをしてきたか? あるベンチャー経営者に尋ねられたことがあった。即座に3回と応えた。3回目の賭けはこれが最後と自分に言い聞かせた、といったら一笑された。それは終わりを見ているからだろうと。どのような段階にも変化が訪れる。時には変化を導くこともある。周囲の変化に常にProactiveにならなければベンチャーはたちまちにして風化してしまう。人生も同じ、これが最後と思うのは間違っていると。

 JASVAの設立趣意を拝読した。起業家精神が旺盛で、自身の特化したエリアでの事業確立を狙って、あえてTake Chance、裏返せばTake Riskを取った方々のコミュニティであることが手にとれた。岐路に自らを立たせて選択された方も多いと思う。大手企業の名刺を捨てた方も多いだろう。いわゆる 『誰でも知っている』 ことが評価のベースとなる文化では、 『誰もが(まだ)知らない』 組織を育てていくことには人一倍の苦労と忍耐が要る。だがよく言えば、常時、会社の説明をするわけであるから、自分の考えも定まっていく。組織よりも個人のバリューを磨くことに依存し、その個人のバリューをベースとしたつながりによって新しい組織を構築していかれるのであろう。無論、大手企業には、そのパワフルなインフラを最大限活用され、厖大な組織をリードしてさらに成長へと結びつけていくマネージメントも多いだろう。
 いずれも、臨機応変に周囲の環境の変化を敏感に察し、自らの、あるいは自らの属する組織の成長段階に応じた経営を遂行されていくことと思う。ある段階での経営手法が必ずしも次の段階で適合できるとは限らない。それを熟知された上で、起業から企業経営へとマネージメントの手法を変える。ベンチャーはリスクも取ると同時に、チャンスも大きい。次への期待を持って、断念されることもあることと思う。

 私自身、実家は祖父がたたき上げの事業家であった。全く素人だったがマニラ麻のロープに魅了され、フィリピンに渡りそのモノ作り技術を習得して帰国し、会社を立ち上げ業界内では中堅企業として成功した。が、主として漁業向け船舶用のロープであったことから、漁業の衰退に伴い、10数年前から経営は非常に難しく、デマンドサイドも大きく変化した。創立した祖父の後を引き継いだ父も昨年他界した。私の大学時代に亡くなった祖父と、ベンチャー経営の真髄を話すことができたら…と思うが、きっと、 「『人』 を観ること、信じること」 とあっけらかんと言われるような気がする。
 仕事柄、半導体やFPD関連のバリューチェーンの組織の方々に出会うことが多い。接する時間の長短に関わらず、自らの人生を切り拓く意思を持った方々との出会いは私にとっての必要不可欠な潤滑油である。JASVAを通して、特化した分野でベンチャーを起業した方々同士の出会いは、ビジネスの上での大きな刺激となり、ベンチャーの養成の活性剤となると確信している。

 セミコンポータルは、半導体業界の変化に対応した協業を構築していくことを目指して2001年2月に設立された。現在、会員60社に個人ベースで7000名の会員を擁している。ITを活用して、情報を 『個人』 に流通させ、相互交流を図ることで、 「この指とまれ方式」 の個人間、組織間の連携を促進させることを目的としている。
 半導体業界は大きな変化の潮流にある。地域的にもまたアプリケーションも多様化する市場のニーズに合わせて迅速に半導体バリューチェーンは回ることが必須とされる。変わるものと変らないものを見定めて変わるべきものには勇気を出してProactiveに変えていく姿勢で、セミコンポータルはコラボレーション(協業)を進めている。
 そしてJASVAの設立趣意に記されているベンチャー創出の機会と可能性を支援させて頂きたく思っている。そして私自身は、4度目の賭けに挑むかもしれない。

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 日本半導体ベンチャー協会誌     JASVAマガジン
Vol.15Summer.2004

JASVAマガジンVol.15表紙
2004.Summer
CONTENTS  第15号 Summer 2004

巻頭言 「国際競争力強化策と
              アプリケーションと東アジア」
                             
詳細
        石賀 忠勝 (半導体産業研究所(SIRIJ) 事務局長)
特別レポートT
 
和の力を活かす〜日本型ベンチャーの生き残る道はこれだ

    −−JASVA Day OSAKA 2004リポート−−  
                 半導体産業新聞 編集長
 泉谷 渉
特別レポートU
  
IT立国台湾の新しいビジネスモデル

    九州大学 産学連携センター 教授/副センター長 谷川 徹

ファブレスベンチャーはこの技術で勝負する
  第9回 「株式会社 沖ネットワークエルエスアイ」
     (株)沖ネットワークエルエスアイ 戦略マーケティング部 部長

VCからの手紙8
ベンチャービジネスにおける文化の壁

   日本アジア投資(株) 投資企画チームマネージャー 竹下 浩二
JASVAイベントスケジュール
New Member's Greeting              詳細
  草心デジタル(有)イムカ(株)(株)アストロン
  (株)ソリトンシステムズ(株)ジェピコ
  (株)日本アルチップ・ソリューションズ
  富士通デバイス(株)、(株)KDDIテクノロジーイー・エス・ビー(有)

Information

巻 頭 言
    石賀 忠勝  半導体産業研究所(SIRIJ)       事務局長   
国際競争力強化策とアプリケーションと東アジア』




石賀 忠勝 氏
半導体産業研究所(SIRIJ)
事務局長


プロフィール
1968年 日立製作所入社
−中央研究所配属
1982年 同社半導体事業部武蔵工場
−DA 開発部発足
1991年 同社AV事業部東海工場
−情報システムセンタ長
1996年 同社半導体グループ
− 業界活動に従事
2001年 (社)電子情報技術産業協会JEITA 電子デバイス部長
2003年 (株)ルネサステクノロジ設立に
伴い異動
2003年 半導体産業研究所SIRIJ
事務局長

  日本の半導体産業は企業についても製品についてもバラエティに富んでいる。
前工程を持つ企業は30社を超えているし、さらに多くの企業が多彩な製品とサービスを市場に送り出している。 製品とサービスの広範な広がりの中にそれぞれのニッチを見て、日本のベンチャ企業は新しいアイディアと技術とによって斬りこんできた。
 どのベンチャも厳しい環境(ベンチャにとってきつい日本的環境)の中で力を発揮して、ことに株式上場までに至ったJASVAメンバーに対しては実に実に敬意を払うべきものを感じている。
 日本が引き続きIT産業とその基盤の半導体産業の活力を維持するには、ベンチャーの一層の活躍は不可欠である。 一方総体としての成長のためには国際半導体技術ロードマップITRSが示すような中央主流の先端技術の壁の突破が欠かせない。 時間と資金を要するR&Dの効率的推進策の一つが(他極と同じように)共同技術開発活動である。

 (社)電子情報技術産業協会JEITA/半導体幹部会の提言機関である半導体産業研究所は第2次半導体新世紀委員会SNCCIIを編成して、2006年度以降(5年間)の業界活動につき提言をまとめた(2004/6 JEITA発表)。 2000/3に第1次提言があったが、その頃はファブレス+ファウンダリの伸びと強みが強く意識された時期だった。
 第1次提言をベースにあすかプロジェクト(2001-05)とAS ☆PLAプロジェクト(2002-06)が組まれ、またその時期に国プロジェクトMIRAI(2001- 07)も始まった。ここ数年で各社路線が多様になって共同活動への期待や成果活用時期に大きな差異が生じたし、先端技術の難度が上がり開発リスクが増した。 加えて(技術主導でなく)アプリケーション主導が産業発展の鍵と認識されてきた。 それらの情勢変化に対応した共同活動の進め方が必要になった。

 提言では、先行企業が担う先端コアプログラムと有志企業による選択プログラムの区分けを導入して真にニーズを有する企業(だけ)の集まりで各プログラムを実行すること、プロセス技術開発( h p ( ハーフピッチ)45nm以降を目指すほかに、新構造・新コンセプト・異機能集積など、Emerging Research技術ともいうべき分野も選択プログラムの検討対象とする)の場となる産総研つくばクリーンルームにおいて民間と国の二つのプロジェクトを結合、産官学連携を強化し、装置・材料メーカーの参加も期待することを案とした。
 その上で開発成果を先行企業が速やかに実用化し、結果を取り込んで(STARCにより)業界標準プラットフォームを確立しそれ準拠のファブネットワークへとつなげて後続企業(ファブレスを含め)も乗れる道を示した。
 5年間の活動予算は1000億円規模である(なお来春まで広い関係者とともに具体的計画の立案作業が行われる)。

 SNCCII検討の場で印象深かったことの一つは、特に欧州で産業構造の特質を生かしてアプリケーション企業と半導体企業が巧みに連携し、適切な資金(マッチングファンド)を投入していることだ(MEDEA+の先見性)。
 新市場開拓は企業の大小を問わず現在の至上命題である(提言には新市場創出支援の仕組みをSTARCに置いて、環境は異質ながら日本版MEDEA+ともいうべき策にチャレンジすることが入った)。

  また、東アジア(日中韓)の経済統合が広く話題になる昨今、IT産業もそうした目で見るべき時代になった。 日本半導体企業は国内市場でシェア約70%を確保しているが、伸び盛りのアジア・パシフィック市場では20%に達しない。 この点は(共同技術開発と直接は関わらない)ビジネスそのものだが、日本の半導体の発展のためにはこの市場への攻略パターンの設計が不可欠である。これもまた企業の大小に関わらず該当することであろう。

注: MEDEA+= Microelectronics Development for European Applications
         という名のファンディング機構

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 日本半導体ベンチャー協会誌     JASVAマガジン
Vol.16Autumn.2004

JASVAマガジンVol.16表紙
2004.Autumn
CONTENTS  第16号 Autumn 2004

巻頭言 「ファブレスベンチャーへの期待」  詳細
   中山 春夫 (株式会社リコー 電子デバイスカンパニー
                       デピュティプレジデント)
 
特別レポートT
     
ナノテクベンチャーに見る「ベンチャー魂」

                 週刊ナノテク 編集長 甕 秀樹
特別レポートU
  
JASVA「創業支援プロジェクト」

    〜半導体起業塾の実施と創業支援チームの設置について〜
                             JASVA事務局


ベンチャーはこの技術で勝負する
  第10回 「ナノパワーソリューション株式会社」
     ナノパワーソリューション(株) 代表取締役社長 秋田 晋一

VCからの手紙9
Growth Through Challenge

   シリコンプラネット(株)  代表取締役社長 牧山 クリストス
New Member's Greeting
  (株)ディスカバリー、 ビーエーテクノ(有)、 (株)多摩川機工
  HOYA(株)マスク事業部(株)エイビット三重県(株)トライテック
  オーエスエレクトロニクス(株)、 三井住友海上キャピタル(株)、 

Information
巻 頭 言
       中山 春夫 株式会社リコー電子デバイスカンパニー                             デピュティプレジデント                     
ファブレスベンチャーへの期待』




中山 春夫 氏
(株)リコー電子デバイスカンパニー
デピュティプレジデント


プロフィール
1972年 京都大学大学院 工学研究科
修士課程卒
1972年 三菱電機(株)入社 
MOSプロセス開発担当
1979年 (株)リコー入社 米国駐在
1981年 電子デバイス事業部
製造技術部
1986年 事業企画室室長
1988年 半導体研究所所長
以後、いくつかの製品部長
を兼務
1996年 電子デバイス事業部
副事業部長
2000年 電子デバイスカンパニー、
デピュティプレジデント
工学博士

  1979年、半導体事業を始めるというリコーに入社してすぐにシリコンバレイに駐在した。まだ30歳であったが、日本から上司が出張してこられるのについていろいろな会社を訪問する機会に恵まれた。
 コリガン氏はロールスロイスを運転して建設中のLSIロジック社本社に案内してくれ、ゲートアレイのビジネスプランを語ってくれた。シナテックを辞めたバレット氏らが設立したVLSIテクノロジーはまだ総勢3名で、ロスガトスの小さなオフィスで構想を練っていた。彼らはファンドリーというコンセプトを世に問い、これを事業にしようとしていた。それからしばらくVLSI社はベンチャーキャピタルから資金を得るのに苦労していたが、1年後、業界のパーティーで会った時には若い技術者10名を超える元気な集団になっていた。アタリ社のテレビゲームが普及しだした時で、VLSI社は当面のキャッシュ稼ぎにマスクROMビジネスを選んでいた。

 81年、リコーの半導体工場が完成した。社内向けLSIに必要なウエハ枚数はわずかでラインは埋まらず、大きな赤字が予想された。工場を採算ベースに乗せるためにさまざまな努力がなされたが、結局その難局を乗り切れたのはVLSI社マスクROMの受託生産であった。ベンチャーとビジネスをする初めての経験であった。入金が確認されたときの経理担当のほっとした表情が忘れなれない。世間知らずの技術者であった私がお金の回収の重要性を教えられた貴重な経験である。たちまち工場はフル稼働となり、黒字化し、設備増強投資ができ、半導体メーカーとしての基盤ができた。

 VLSI社はこの協業の成果で株式公開に成功し、手に入れた資金で自社工場を建設する。リコーとVLSI社で業界に先駆けてファブレス・ファンドリーモデルの成功例を作ったことになる。
 この成功を見て、80年代は米国の多くのファブレスベンチャーがリコーに生産委託の交渉に訪問してきた。彼らはまず事業計画を説明する。さすがにその説明には説得力があった。会社のビジョン、狙いの市場、顧客ニーズの変化、競合技術、差別化技術、戦略、チームメンバーの経験等がうまくまとめられ、聞いていて興奮を覚える事が多かった。

 おそらく、ベンチャーキャピタルから資金を得るまでに何度も検討を重ねたものなのだろう。経験豊富なベンチャーキャピタルによる指導もあるのであろう。新しいビジネスコンセプトを作る力、これこそがシリコンバレーの力だと思った。
 日本ではまだまだこういうところが弱いのではないか。アイデアと技術を持つ人がビジネス戦略にも優れているわけではない。ベンチャーが成功するには経験豊富なプロの支援も必要だろう。日本が強化しないといけない機能である。

 通信用LSIのような業界標準に準拠したASSPの分野では、日本メーカーはほとんど活躍できていないといわれている。世界の専門家が集まって標準を議論している間に、米国ではすでに開発会社ができてチップ設計を始めている。
 一方、日本ではこの時期になってやっと社内専門家を核に開発チーム作りに着手する。これでは間に合わない。グローバル競争はますます厳しくなり、要は時間の競争である。こういう分野でグローバル競争に参加するには日本代表チームを作るというように日本社会を変えていく必要がある。ビジネスの社会でも国体の時代ではなくオリンピックの時代になっている。日本でも専門家が集まってその分野に特化した新たな開発会社を作る、そういう流れになっていくのではないか。既存会社の枠にとらわれていては間に合わない。

 世界で競争していくには強いIDMというのもあるであろうが、強いファブレス・ファンドリ・後工程メーカーの強者連合も有力な勝利の方程式である。幸いにも、90ナノ時代を迎えて日本の製造技術のアドバンテージが明らかになりつつあり、日本の大手の中にもファンドリ事業に注力するメーカーが出現してきた。ファブレスを支える環境ができてきたと期待しているのだがどうだろうか。

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2004年 Vol.13(Winter), Vol.14(Spring), Vol.15(Summer)、Vol.16(Autumn)
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